エトセトラコーナー (つれずれなるまま独断と偏見・矮小な知識による異論争論です) 04年3月10日(水)開設
2004年
○目黒区長に私の友人出馬か? 3月10日(水)
昨日稽古の帰路某レストランで遅い夕食(22時頃でした)をしていたら、偶然にも私の名取披露の時にも駆けつけてくれた都議会議員某氏にぱっ たり。
薬師寺区長自殺後の後任選に出馬するよう説得されていた。結局出馬しななかった。
○ダウンです 3月21日(日)
ここのところの心労が重なってか(?)不節操か体調を崩しすっかりダウンでした。幸いにも連休なのでもっぱら静養に勤めどうやら快復傾向。
世間はイラク開戦1周年反戦デモ・台湾では総督選無効だの韓国では大統領弾劾訴追だの終末世相現象の兆しみたいな感あり。
○takio'sohran 3月27日
昨夜30日東京ドームで開幕の米メジャーリグ開幕セレモニーのリハーサルをしてきました。今日は定例の稽古日。明日は早朝(7:33発)の新幹線で京都日帰りの仕事です。
takio’sohranを一曲だけ弾くにいくのですがこの曲のテンポのスピードにはちょっと戸惑いました。がなんとtakiobandメンバー1名と神戸から2名の応援組を含めて
スタッフを確保でき7名で踊りの伴奏をしてきます。 終わりは2時頃ですので帰り迄のつかの間京都の春を楽しもうと思っています。
○京阪三条川原 3月28日
ひさし振りの京都・おりしも春。神戸から加わった新しい友人とつかの間の親睦ミニパーテイーをしました。場所は三条加茂川河畔。小生・武美君・pちゃん・pまま・
やっさん・mrsやっさん・そしてみどりさん・勿論、美酒に三味線付き、唄付きで〔踊りも?)時の経つのを忘れる楽しいひとときを過ごしました。
○ワールドワイド 観客1,000万人以上 3月30日
東京ドームで開幕のMLBメジャーリグ開幕戦(ヤンキースvsデビルレイズ)セレモニーに小山会80名出演。演奏終わり、選手入場から小泉首相の始球式
(キャッチャー松井秀喜)国歌斉唱まで55,000入場満員のドームグランドの上で過ごしました。全米生放送、まさにWWW。
○高○竹○もどき 4月1日
日本テレビ(よみうりテレビ)製作会社からテレビドラマのシーンで「○山のイメージで三味線を弾く」要望をうけました。若い人に頼むわけにも行かないし収録が24時頃迄と]
いううので遠方の方もだめだし小生は動かせない稽古日だし。結局他の人におまかせでした。
○第7回津軽三味線コンクール全国大会 4月6日
津軽三味線のコンクールが各所で行われていますが今後この日比谷が一番権威のあるものになるのではと思いますし又そうしなければなりません。
それは唯一全国組織の公益法人が主催する大会だからです。(他の大会は団体は名乗ってiいても実質個人OR私的グループが経営し中には内部紛争で分かれたり、
入賞基準もとやかく囁かれていました。いまの所日比谷の入賞者の傾向は幅広くよりやや公平・中立性を感じます。
○津軽三味線の語源 4月18日
津軽三味線研究某識者の本にボサマ三味線から津軽三味線といわれるようになったのは戦後と記述してあり疑問に思い我が小山宗家にお聞きしたところ戦前からそう言
われていとのこと。そういえば宗家は晴眼者だし門付けをしたわけでもないし。
○芸術庵特別公演 4月29日
といういかめしい名称の公演・しかも相模大野グルーンホール大ホールと言う事でプレッシャーもありましたが、先輩、同僚の協力を得て無事終了しました。
何せ、相模原界隈は著名な津軽三味線奏者が目白押し。我が小山一門の先輩緒先生も沢山います例えば、総師範・貢竜先生を筆頭に貢きわ先生、貢晃先生・
貢鹿先生・貢成先生・貢綾先生・竜昇先生そしてその門下生などなど。澤○流の本拠地でもありなんと翼日は小ホールで公演もあるので単身敵地に乗り込む境地でした。
ご協力頂いた貢津幸・貢花・貢寿・竜浩・幸喜・北村美智代の各先生ほか有難うございました。
○多事争論 6月13日
いやー教える事ってなかなか大変。 単なる奏法・技法のみならず、所以・歴史・流れ・付き合い・和・しきたり・所作・着付け カルチャーなどグループでの場合は習熟度合い
への気配り、などなどなど・・・・・・去る者もいれば入ってくるものもいる・・・・・諸行無常の流れあり。
○いまさら・津軽三味線とは 7月吉日
津軽三味線とは楽器の事ではない。でもなぜか一番正確に伝えなければならないはずの和楽器店で太棹を津軽三味線と称している。。
太棹(上駒の下の棹幅が概ね3cm程度)は津軽三味線用楽器という事・ややこしいね。では津軽三味線とは・・・・異論反論のありだろうが、概ね「太棹で主に津軽地方の
民謡音楽を演奏する事」と小生は定義づけている。太棹で秋田の民謡を演奏すれば秋田三味線と言う人もいます。
○アドリブ・合奏 8月16日
津軽三味線はジャズに共通し又「アドリブ」でなければと言う人もいる。迫力極まりない合奏は一定の約束.事。この二つ矛盾を棲み分け
葛藤・調和しながら先へと進んでいるのが現況ではないか?。
○学習指導要綱改定 9月3日
14年からの学習指導要綱改定で和楽器の習得が義務ずけられましたが教育現場の実情は? とてもとても。なんと言っても邦楽に長けた指導者が殆ど
いない、和楽器も無い、高くて買えない、のないないづくし。お陰様でわれわれの出張出番しきり。
○家元制度 10月11日 言うまでもなく津軽三味線で家元制度を採り入れたは小山宗家がはじめてです。当初、前代未問の合奏は津軽三味線ではないとか津軽三味線で
家元制度なんてと誹謗中傷されたそうです。がその人達もちゃんと○○流家元と名乗り今では有象無象の家元が生まれ合奏も殆どの流派が模倣してます。
ご存知の某流派での話。生前、生涯弟子は取らないと公言し、ましてや名取なんてといってた宗主(私も20年ほど前、今はない渋谷の「じゃんじゃん」という所のライブではつきいり
聞きました)が他界したとたん竹○流の弟子と名取を名乗る方がやたらに出てきましたね。もっとも考えを変えたのかも知れませんが当人が故人ともなれば確かめる術もなし。
そして2代目襲名の一悶着が落ち着いたら今度は内部抗争で弟子同士で本流争いを繰り広げている様子。故人はあの世でどう見つめているでしょうか。他事争論でした。
○11月11日 12月1日
表題はノベンバーイレブンズ赤坂にある阿木耀子さんの店の名前です。生徒の小山新華こと中島梓さん作・演出の「ゆきおんな」ライブがあるのでいき
ました。自由が丘の稽古を終え電車を乗り継ぎ大急ぎで行き2回目開演の9時ぎりぎり間に合いました。おなじみ水木竜司さんの朗読で日舞と津軽三味線とピアノのたぐい希なる
コラボレーション。 津軽三味線のバックで踊るゆき女を見ながら、雰囲気のいい店で美味しい料理を食べて満足して帰りました。
○さらば04年 12月27日
自衛隊イラク派遣 アテネ五輪メダルラッシュ 温泉騒動 甲子園高校野球優勝旗北海道苫小牧へ プロ野球楽天参入 台風過去最多 中越地震 新札発行 紀宮様婚約
スマトラ沖地震インド洋津波被害 メジャーリーグ開幕セレモニー(東京ドーム) 蒲田教室開講 芸術庵公演 小山会40周年 各学校公演 みちのくものがたり出演
2005年
○2005年元旦 元旦
元旦は中国の広州でした。かなり世界各地を旅してますがが元旦を海外というのは初めてです。おりしも日本は(東京は)大雪のニュース。広州の寒さは東京並ですが雪は
降ることがないそうです。そういえば、随分海外旅行をしました南極大陸や北極は行った事がないですが、アフリカ・中近東はじめ北・中・南米、北欧アフリカ・中近東・オセオニア・
東南アジア(カンボジャ・ラオスほか)・インド亜大陸・特に中国は新疆ウイグル自治区のカシュ・ウルムチ・トルフアンのシルクロードから・山西省大原・東北のハルピンまで極めました。
○チャンピオン競演 1月14日
熱海温泉で第○興商新年会アトラクションを担当しました。プロダクションから大会優勝者も欲しいとの要望で弘前大会A級優勝のはなわちえさん(現在東京芸大4年)と大阪大会
グランプリ授賞者とのデユオを挟んで共演しました(若い我が会員感動しきり)。はなわさんは数年前NHKの楽屋で会った事があるのをよく覚えていてくれました。
○津軽三味線考@ 2月1日
ご存知のように津軽三味線は幕末に津軽の当道組織のボサマ三味線がルーツと言われてます。門付けのはじめは(幕末から明治)源平軍団などの口説き節だったようですが
後に、座内(大正時代)から唄会、そして民謡の伴奏(大正後半から昭和)を経て現在の独立的要素の楽器になり他の楽器とのコラボレーションも多くなってきました。
津軽三味線だけの演奏はもとより和太鼓から洋楽器等なさまざまな楽器とのセッションに加えて民謡の伴奏もするというように近年、独立楽器としての地位を確立しました。
○別 れ 2月26日
今年も好例の卒業式シーズン。いろんな別れそして出会いがありますが身近では長男が勤務先の赴任地(正確には名古屋勤務だが春日井の賃貸マンションに)に今日旅立った。
卒業式も待たずにである。ほかに某女子大を卒業したお弟子さん、かなり熱心で期待していたのですが某県警に就職でお休み、カルチャー教室で3年ほど修練した生徒さんは大阪
に転職・引越し等の別れがありました。(涙) そして小山流重鎮・大先輩が創流独立したことによる、同門として長く一緒だった仲間との期せずしての別れもあります。
○yokoso!JAPAN 3月10日
小泉首相の提起で外人観光客誘致yokoso!JAPANキャンペーンが始まり最近はホテル・レストランの外人客の前で演奏する機会が多くなりました。
すでにパシフイコ横浜・椿山荘・ベイシェラトン・赤坂プリンス他が終わりこの18日は白金の般若苑・それからウエステインと続きます。外人に紹介した一文の中に「指揮者のいない
オーケストラ」と通訳してました。 そっかあー・・・・
○津軽三味線考A 4月日25日
津軽三味線は1952年ころまでは北海道や東北の一部位までしか知られていませんでした。今日、国内はもとよりワールドワイドに発展隆盛をきわめている礎は
我が小山流宗家 (初代小山貢)が 昭和33年・浅草の民謡酒場「こけし」開店にあわせ三味線一本持って単身上京し東京で初めて津軽三味線の魅力、迫力・繊細を披露、絶賛
好評を博したことに始まります。そしてそのまま逗留、津軽三味線の普及発展に努め昭和39年小山会を結成、本年40周年記念を迎えました。
当時の 唄い手は三浦節子
佐藤りつ・高橋つや踊りは村上勇一等なそうでした。小山貢の成功に刺激されその後追って津軽から奏者、唄い手が続々上京したとの事でした。
○world wide 7月7日
津軽三味線もかなり外人さんにも人気となり、帝国ホテル孔雀の間(黒田さんと清子内親王の結婚式予定の宴会場)で外人だけ300人の前で演奏しました。怒っているような顔で演奏してい るのはどうしてかと質問があった。 もう少しリラックスした顔をすればいいのだが・・・・・・・・
○世代網羅 10月25日
自由が丘教室に小学生の子が入る。これで小生の教室に小学生・中学生・高校生・大学生・社会人、主婦・中年・シルバーと、1の勘所に手の届かない幼児以外全ての年代
そして・外国籍を含め実に多彩な顔ぶれの老若男女がチャレンジしている事になった。
○コンクール考@ 12月1日
過日伝え聞く所によると過日大阪で津軽三味線大会があったとの事。この種の大会が各所で有象無象に開かれてますが中には政治家からみもいあり津軽三味線発展普及の為には
いい方向かどうかいささか疑問を感じざるをえない。。参加者の質も問われ、当該大会参加目的のみのグループもあるとか。
2006年
○民族大移動〜新年快了! 元旦
例年の年末年始・日本中の高速道路は景気に関係なく民族大移動で大渋滞。小生昨年松は桂林・今年の年末は台湾だ。往復のキャリアは外資系の経由便にも関わらず
日本人日本人。台湾各地のホテル・観光地・レストランも日本人日本人。
年末30日と大晦日は台北の圓山大飯店601号室逗留。
ここは高台に立地眺望絶佳・BS放送NHK紅白が終わっても当地は23時それから市内各所で行われるカウントダウンセレモニーの花火打ち上げをテラスに椅子を持ち出し鑑賞。
中でも圧巻なのは世界一の超高層ビル101ビル(台北国際金融センター、101階建、508M、施工は熊谷組を中心としたJV)のカウントダウンだ。しっかり見届けたすごいの一言。
眺望がいいため市内各所から人々が集いこのホテルを取り巻き時折歓声が渦巻く。
○群馬県尾瀬のスキー場ホテルで演奏しました。 1月16日
かなりの積雪を予想し重装備の冬支度で臨んだのですが 意外や意外、路上の雪も綺麗にかたずけられ迎えのバスもスムーズに現着。
ヤングアメリカンズ ウエルカムパーテイー レセプションでの演奏でした。
そのゲストはかなり有名・著名・高名の政治家・芸術家・エンターテイメントぞろいなのには驚きました。小生、皇太子夫妻臨席の国際パーテイーや著名人・貴賓・出席のイベントには
数多く演奏経験してますが今回のように台湾・韓国・オーストラリア・中国・アメリカから等殆どが内外多数の著名人というのは初めてです
しかも群馬県のそれも雪深い山奥でです。韓国・台湾・オーストラリアからは政府高官(大使級)中国からは旧副議長それに画家のヒロやまがた・クリスチャン・リース・ラッセン
歌手のガクトそれにヤングアメリカンズの皆さん他でした。
勇壮な和太鼓・迫力の津軽三味線のコラボ・尺八から日本の民謡熱唱に大満足大好評で日本の伝統文化紹介・理解に少しは役立ったようです。
○インド伝統楽器シタール@ 2月20日
シタールの著名な奏者・チャンドラ カント師と共演することになりました。タブラーは逆瀬川健治しです。お話があるまでは恥ずかしながらシタールというう楽器の知識は皆無でした。
現在最も良く使われているシタールの形は、上下2段に弦が張られているものです。上にはそれぞれ役割が違った6〜7本の弦が、下には共鳴のための11〜13本の
弦が張られています。胴体は、1メートル以上の長い中空の棹で、両脇に瓢箪で出来たふくべ(上・下)がついています
弦楽器で演奏がもっとも難しいといわれてます。

長さ1M30位。あぐらをかき大腿部(三味線を乗せる所と同じ部分)にのせて演奏する。
さて6月の開演に向けて数回のリハーサルをするのですがその都度メロデイーが違ってしか@曲がすくなくとも20分以上と言うのにはとまどいました。
が本来アドリブ演奏なのなそうで津軽三味線の即興演奏と共通とでも言いましょうか。
この話を頂き一度手合わせした時、譜面もないし正直小生にはかなり無理かなと思ったのですが折角有名な方との共演のチャンスだし楽譜がないのはかえって決め手となり
頑張って少しづづ要領を得てきました。旋律の複雑さ新鮮さに驚きてこずっています。でもがんばります。
つづく
○司 会 3月26日
今日は小山流貢きわ会の第26回民謡まつりの司会を務めました。いつもは演奏で参加するのですがプロの司会者が都合つかなくなりピンチヒッターで勤めました。
朝、自宅を7時に出庫・途中同僚2名便乗し町田市相原の会場へ。三味線出演なら出番出番の間がありますが司会は長時間たちっぱなしだったのでいささか疲れました
司会を終え打ち上げを済まし一旦帰宅。 午後7時六本木のクラブへ。8時30分の演奏。しばし歓談の後帰宅は11時でした。
六本木のお客様とてもいい人ばかし、しかもしっかり聞いて頂き喜んで貰え次回の予約もいただいたので疲れもなんのそのでした。